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岡山家庭裁判所 平成2年(家)435号 審判 1990年8月10日

申立人 阿部正浩

相手方 阿部孝浩

主文

相手方を申立人の推定相続人から廃除する。

理由

1  申立ての要旨

相手方は、遺留分を有する申立人の推定相続人の一人であるが、高校を2年で中退した後、申立人の家から現金や物品を勝手に持ち出す等の行為を繰り返し、申立人ら保護者に無断で通信販売を利用して多数の物品を購入して申立人あてに代金を請求させ、これを注意する相手方の母親(申立人の妻)に対して暴力をふるう等したうえ、就職後に会社の金を遺い込んで申立人にこれを弁償させ、更にいわゆるサラ金業者から多額の金を借り、現在では申立人方を出たまま約3年にわたって行方不明の状態にある。この間、申立人はサラ金業者から相手方名義の借金の返済を求められる等し、精神的に苦しい日を送らざるをえなかった。以上の相手方の行為は、申立人に対して、重大な侮辱を加えたことに当たり、かつ、著しい非行があったと言える。よって、主文同旨の審判を求める。

2  当裁判所の判断

(1)  家庭裁判所調査官の調査結果を含む一件記録並びに申立人及び阿部洋子に対する審問結果によると、次の事実が認められる。

ア  相手方は、昭和39年11月9日に、申立人と申立人の配偶者阿部美枝子(以下、美枝子という。)の間の第2子長男として出生した。申立人の推定相続人は、美枝子、相手方及び申立人と美枝子の長女阿部洋子(昭和36年12月10日生)の3人である。

イ  相手方は、小学校の5年ころから、いわゆる登校拒否をするようになり、家族のものが話しかけても、「うるせえ、だまれ」などと言って、声を荒げるようになった。相手方は、昭和52年に中学校に入学したが、友人と酒を飲んだり、煙草をすったり、深夜に外出して遊ぶといった生活を送るようになった。申立人は、相手方に深夜徘徊や登校拒否が続き、相手方が申立人ら保護者の監督に従わないため、昭和53年ころ、児童相談所に相談をし、児童相談所の一時保護の措置の後、相手方を養護施設に入所させた。

ウ  相手方は、養護施設から中学校に通い、中学卒業後は申立人方に帰り、申立人方から高校へ進学した。しかし、1年生の2学期から、昼は学校に行かないで家に閉じこもり、夜は自転車で家を出てどこかへ行くといった生活をするようになり、申立人らが注意すると、「うるせい、やかましい」といって相手にせず、申立人らの注意を全くといってよいほど無視する状態が続き、結局2年生の2学期に同高校を中退した。

エ  高校中退後、相手方は、約2年間申立人方で無為徒食の生活を送っていたが、相手方は、高校在学当時から中退後の2年間は、申立人らの目を盗んで、申立人方から現金等を持ち出して自己のために費消を重ねた上(1回に4、5万円で1か月に1回くらいの割合で現金を持ち出した。また、同居中の申立人の父阿部順郎の預金通帳から10万円単位で3、4回無断で金を引き出している。)、申立人らに無断で、通信販売を通して高額の物品を購入する等した。これらの中には、申立人らが気がついて解約したものもあるが、結局相手方が代金を支払う意思も能力もないため、申立人が未成年者である相手方のためにその代金を支払ったものが多い(申立人が支払った金額は、資料の現存しているものだけで約31万円になる。)。申立人や美枝子が現金持ち出しや通信販売による物品購入等について相手方に注意をすると、相手方は拳で申立人らを殴打したり、蹴ったりしたため、申立人らも相手方の暴力を恐れ、相手方を刺激しないように注意等を控えざるをえなかった。

オ  昭和59年ころ、相手方は申立人方を無断で出て行き、相手方は約1年間その所在が分からなかった。しかし、昭和60年になって、相手方は、突然自分が働いている会社の社長という人と一緒に申立人方に現れ、申立人に対し、相手方が会社の金を遺い込んだので弁償してほしい旨の申し入れを行った。そこで申立人は刑事告訴をしないという会社社長の言を信じ、かつ、相手方の立ち直りを信じて、相手方が遣い込んだという74万円を同社長に弁償した。その後相手方は10日から1か月に1度くらい申立人方に帰宅するようになったが、自己の行為に対する反省をするでもなく、また申立人に弁償の肩代わりを感謝するでもなく、生活態度を改めず、申立人ら家族とほとんど口もきかないで生活を送ったため(相手方の住所や仕事の内容すら申立人らに明らかにしていない。)、その間も、申立人らと相手方の間には、家族、親子としての心理的な結びつきもないような状態が続いた。

カ  相手方は、昭和60年に自動車を購入したが、交通違反を重ねても罰金や反則金を支払わず、結局申立人が親としての責任を感じて罰金を支払うに至っている。また、昭和61年には、この自動車を池に落としたまま放置したため、警察署から申立人に何とかしてほしい旨の連絡があり、やむなく申立人が費用を出して引き上げている。

キ  相手方は、昭和61年ころから、再び仕事に行かなくなり、申立人方で無為徒食する生活を送るようになったが、昭和62年ころ、いわゆるサラ金業者からの借金返済を求める電話がかかってくるようになり、ついには、サラ金業者が申立人方を訪れ、相手方に借金の返済を厳しく迫ることがあった。そして、そのころから相手方は申立人方を出て行方が分からなくなり、現在に至っている。

ク  相手方の家出後、サラ金業者から申立人あてに借金の返済を求める電話が頻繁にかかってくるようになり、中には、自己の名を名乗らず、相手方の所在を聞き、申立人らが知らないと答えると、申立人らを威圧するような言動をとる正体不明の者からの電話もあった。申立人ら家族が電話の応対に疲れ、電話を通話不能の状態にしたところ、今度は、頻繁にサラ金業者等から手紙がくるようになったり、直接サラ金業者が申立人方を訪れ、相手方の所在を尋ね、申立人にその返済方を打診したりするようになった。また、申立人や申立人の長女の勤務先、申立人方の近所の家にまで、サラ金業者が電話をかけてくることも数回あり、勤務に支障を感じるような事態も生じた。申立人及び申立人の家族は、相手方の家出後のサラ金業者からの連絡やこれに対する応対等により、精神的に相当の苦痛を受け、現実に生活を送っていくうえでも不便を強いられるに至った。

ケ  また、平成元年11月頃には、前記会社(オ記載)の者が申立人方を7、8回にわたって訪れ、申立人に対し、相手方が同社から借りている前借り金等約87万円の返済を求めており、申立人がその対応を強いられている。

(2)  以上の事実を前提に本件申立ての当否を検討する。

ア  まず、相手方は、中学生当時から登校拒否等をするようになり、児童相談所の指導を受け、高校に進学したが結局中退に至ったのであり、この時点までの相手方の行動等については、申立人ら家族の者から見て不満があり、相手方の教育をめぐる心痛や苦労がかなりな程度であったこと等の事情がうかがわれる。しかし、これらは、いずれも子の教育をめぐる問題であって、相手方が登校拒否等に至ったについては、児童相談所の関係記録によると、親である申立人らの教育上の問題点の存在もうかがわれるところであり相手方の表面的な行為及び申立人らの苦労等のみを取り上げて、当時の相手方の行動をもって、民法892条にいう推定相続人廃除の事由とすることは相当でない。

イ  しかし、高校を中退した以後の相手方は、親である申立人との協調ができず、自室にこもって、勝手に通信販売をとおして物品を購入して、結果的にその代金を申立人をして支払わしめ、金品等の持ち出しを繰り返したり、相手方に意見しようとする申立人らに暴行をふるったりし、その後申立人の家を勝手に飛び出し、1年もして突然申立人方へ戻ってくるや、会社の遺い込み金の弁償をさせ、また、相手方の行状を気にした申立人に交通違反の罰金の支払いや自動車の引き上げを負担させる等している。また、昭和62年ころから家出し、自分でサラ金業者や以前勤務していた会社から借りた借金の返済等をしないまま、申立人らと何らの連絡も取らず、その所在すら分からない状態が続いている。

以上のような相手方の行為により、申立人は金銭的な出捐を余儀なくされたこともさることながら、甚大な精神的な苦痛を受けたものといえる。これらの行為は、相手方の年齢からみて、もはや申立人の教育上の問題を理由として看過すべき行為とは思われないし、申立人が自ら招いた結果ともいうことはできない。相手方においても、自らの行為が申立人らを苦しめ、申立人らの生活に多大な迷惑を及ぼすことを十分認識して行動しているものといわざるをえない。しかも、自らが申立人方を無断で飛び出し、何らの連絡もとっていないのであるから、相手方には、申立人らとの親族関係を維持し、互いに親族、親子として協力していこうという姿勢は全くみられない。

このような相手方の一連の行為が存在する以上、仮に相手方が申立人の普通養子であったとしたら、民法814条1項3号にいう縁組を継続しがたい重大な事由があるというべきであって、申立人と相手方の間の家族的共同関係あるいは相続的共同関係が相手方の行為によって破壊されているとみるのが相当である。したがって、本件においては、民法892条に定める被相続人に対する虐待、重大な侮辱又はその他著しい非行があるというべきである。

ウ  よって本件申立は理由があるからこれを認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山名学)

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